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世界遺産「姫路城」を見に行こう!

世界遺産「姫路城」を見に行こう!

姫路城1

平成27年3月、平成の大修理が終わって、真っ白な姿に生まれ変わった姫路城、まさに白鷺城ですね。姫路城の、現在の城郭を築城したのは、城作りの名人、池田輝政です。

それ以前にも、姫路城が建っている姫山には、城郭は建てられていたので、元を辿ろうと思えば、西暦1333年の赤松則村まで遡ることができるのですが、白鷺城と呼べる外観をもった大天守は、池田輝政以前には存在していないので、今ある姫路城を建てた人という意味では、池田輝政が建てたと言ってよいでしょう。
建て始めたのが西暦1601年で、完成したのは西暦1610年頃ということなので、およそ9年もの歳月を費やしたことになります。

西暦1601年と言えば、天下分目の大合戦である関ヶ原の戦いの次の年です。
この戦いに勝利を収めた徳川家康ですが、日本の隅々まで武力制圧するというのは現実的ではなく、秀吉同様、潜在的な敵対勢力も自らの勢力下に抱え込む形での天下統一を実現しました。

そのため、薩摩の島津氏や長州の毛利氏など、時代が移り、力関係が変わった時には、反徳川の兵を挙げそうな勢力の通り道になる姫路の地に、あらかじめ堅牢な大城塞を築いて備えておこうという、徳川家の意向が働いた結果が、この巨大城郭という形となって表れたものだと言えます。

姫路城の見どころ

大天守

姫路城の見どころとして、まず真っ先に目に映るのは、何と言っても白く輝く大天守でしょう。
池田輝政が姫路城の大増改築に取り掛かった西暦1601年は、前年の関ケ原の戦いで徳川方が勝利したことにより、当面、地方での小競り合いは起きないであろうと考えられていた時期であり、姫路城が籠城戦を戦うようなことは、近い将来には起きないであろうと想定されていたと考えられます。
そのため、夜間の籠城戦で有利になる黒い城ではなく、平時の威圧感をより高める効果がある白い城として築城されたと言われています。
もちろん、防火性等に優れた白漆喰を大量に使うことが可能になったという時代背景があってこそ可能になったことです。

化粧櫓

化粧櫓

化粧櫓

籠城戦を前提としている城郭に、化粧という言葉が使われているあたり、戦国乱世がついに終りを告げ、これから泰平の世が始まるという時代の息吹を感じさせるものがあります。
この名称は、天下人となった徳川家康の孫娘である千姫に由来するものですが姫路城の大天守を造った池田輝政とは関係がありません。
千姫の旦那さんは、姫路からは随分遠い、伊勢桑名藩の本多忠刻で、この方は家康の天下取りに大きく貢献した徳川四天王の一人である本多忠勝の孫にあたります。
つまり、家康の孫娘と忠勝の孫の夫婦というわけですね。
徳川家も本多家も、姫路城あたりで戦ったことはないのですが、大坂の陣で武功を挙げたことと、家康の孫娘を嫁に貰っているということから、将来予想される西国大名の京都進攻を阻止する重要拠点の守りに充てるべく、桑名から姫路へ移封されました。
千姫は、言わば旦那の転勤についてきて姫路城に引越したわけですが、その際姫路城の西の丸長局の櫓を休息所として使用したことから、この櫓を化粧櫓と呼ぶようになりました。

お菊井戸

お菊井戸

お菊井戸

夏の怪談の定番の一つとして、とても有名な播州皿屋敷ですが、あの皿を数えるヒロインのお菊さんが投げ込まれたといわれているのが、この井戸です。

姥が石

姥が石は、現在の乾小天守北側の石垣の中にある石です。
この石も、白い大天守を造った池田輝政とは関係がありません。
まだ信長の部将として、中国戦線を担当していた当時の秀吉が、石垣を築くための石を集めていた時に、城下で焼餅を売っていた貧しい老婆が、古くなった石臼を供出してくれたことがあったそうです。
石垣用の石集めに苦労していた秀吉にとってラッキーなことに、この話が評判になったことで、多くの人々から石が寄付されることになったそうです。

千姫ぼたん園

姫路城の三の丸には、城主忠刻の父である忠政の居館がありました。
ここには大量の牡丹が植えられていて、毎年4月下旬には、千姫ぼたんまつりが開催されています。


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「好古園」は絶品の庭園

好古園好古園は、白い大天守を造った池田輝政とも秀吉とも関係がありません。
それどころか、千姫とも本多家とも関係がありません。
開園したのは西暦1992年ですから、わりと最近です。
好古園の名称の由来は、現在の庭園の入口の付近に江戸時代に存在していた藩校の好古堂に因んだものだそうです。
この庭園は、姫路侍屋敷図という古い地図を基に発掘調査を行ったところ、幾つもの武家屋敷等が発掘されたため、その遺構を生かして作庭されました。

総面積は3ヘクタールを超える広大なもので、池や泉が整備された回遊式の日本庭園が9つもあります。
それらの庭園が、発掘された屋敷割遺構にあわせて築地塀等で仕切られているのも特徴の一つです。
そのため、各庭園には個別の入口があるのですが、そこには長屋門や屋敷門など江戸時代の建築物が再現され、園内には渡り廊下も再現されています。
日本庭園を鑑賞するだけではなく、江戸時代にタイムトラベルしたかのような楽しみ方もできるスポットとなっています。
また、200匹を超える錦鯉が棲息している大池は、瀬戸内海の風景をイメージして造られたものだそうです。

そのため、時代劇や大河ドラマの撮影地としても活用されています。

入場料・アクセス

姫路城2来城状況/姫路城内の見学は混雑が予想されます。
こちらから、リアルタイムな混雑情報や日にち事の混雑予想が見られます。

姫路城入場料・開城時間

☆大人(18才~):1000円
☆小人(小学生・中学生・高校生):300円

●姫路城・好古園共通券
☆大人(18才~):1040円
☆小人(小学生・中学生・高校生):360円

●開城時間
9時~17時(入城は16時まで)
※夏季(4月27日~8月31日)は9時~18時(入城は17時まで)
●休城:12月29日・30日

アクセス

姫路駅北口から神姫バス乗車 「大手門前」下車 徒歩5分
JR姫路駅、山陽姫路駅から徒歩20分

公共交通

京阪神から

大阪国際空港(伊丹空港)から/リムジンバス約1時間20分(1日9.5往復)
関西国際空港から/リムジンバス約2時間10分(1日12往復)
神戸空港から/ポートライナー「三宮駅」からJR乗り換え、新快速で約1時間

JR姫路駅まで(新快速)/京都から約1時間25分、大阪から約57分、三ノ宮から約37分
山陽電鉄姫路駅まで/梅田から約1時間27分

関東・東京から

東京から/JR東海道線:新幹線「のぞみ」で約3時間10分(姫路には一部の「のぞみ」は停まらないので注意)
東京(渋谷・新宿)から/神姫高速バスで約9時間 夜行各1便

中部・北陸から

名古屋から/新幹線「のぞみ」で約1時間20分(姫路には一部の「のぞみ」は停まらないので注意)
金沢から/「サンダーバード」+「新快速」で約3時間40分

中国・四国から

岡山から/新幹線で約20~40分(姫路には一部の「のぞみ」は停まらないので注意)
広島から/新幹線「ひかりレールスター」で約1時間(姫路には一部の「レールスター」は停まらないので注意)
松山から/「しおかぜ」+新幹線で約3時間30分(姫路には一部の「のぞみ」は停まらないので注意)
鳥取から/「スーパーはくと」で約1時間35分

九州・沖縄から

那覇から/大阪(伊丹)まで約1時間55分~、伊丹空港からリムジンバス約1時間10分(1日12往復)
博多から/新幹線「ひかりレールスター」で約2時間15分(姫路には一部の「レールスター」は停まらないので注意)
長崎から/「かもめ」+新幹線「ひかりレールスター」で約5時間20分
宮崎から/「にちりん」+新幹線「ひかりレールスター」で約8時間
鹿児島中央から/神戸空港まで1時間10分、神戸空港から「ポートライナー」+「新快速」で約1時間 計2時間10分

自家用車

中国自動車道/福崎I.C.~播但連絡自動車道で砥堀ランプより約15分
山陽自動車道/姫路東I.C.~播但連絡自動車道で花田I.C.より約15分・姫路西I.C.より約25分
阪神高速・姫路バイパス中地ランプより約15分

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